小説の木々16年07月
明日は畑中が郷里の連隊へ旅立つという前日、私ははじめて畑中が下宿する寺町のお寺の離れを訪れた。畑中との別れを、どのように行おうというのか、私の頭の中に、はっきりした形が描かれていたわけではなかった。それでいて、私はわが家の門を出たとたん、思いついて急いでひきかえすと、下着をことごとく清潔なものに変えて出直した。町外れにちかい寺町についた頃、星がきらめきをまし、夜空に満開の木蓮が白っぽく浮かび上がっていた。(「花芯」瀬戸内寂聴)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
裸の華(桜木紫乃) ★★★★☆
株式会社集英社 第1刷 16年05月30日発行/16年07月01日読了
ノリカの矜持と挫折と夢が、ススキノの空気が妙に似合う。若さが武器の世界であるが、師匠役の静佳との無言の再会が全てを言い表しているようだった。
花芯(瀬戸内寂聴) ★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第24刷 16年05月23日発行/16年07月09日読了
年老いた今の瀬戸内寂聴とはイメージが些か重ならないが、女性だからこその作品のように思う。園子は自分の意思で動いているというより、何かに突き動かされたいるようで、それゆえ自分に悪意も後悔も感じない。白髪の老人のいう「完璧な娼婦」が一番それを言い表している。
陽炎の門(葉室麟) ★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 16年04月15日発行/16年07月11日読了
今まで読んできた著者の作品と少し趣を異にして、主水は必ずしも清廉潔白の士ではなく、出世のため友を陥れたと陰口をたたかれ、出世した今でさえ介錯した手応えに夢を見る。しかし、そこには口にはできない組織の秘密があった。時代劇ではあるがいくつもの艱難を乗り越えミステリーものの様相で真実に迫って行く。こんなものも書くんだと再認識した。
美しい時間(小池真理子/村上龍)★★★☆☆
株式会社文藝春秋社 文春文庫 第1刷 08年12月10日発行/16年07月12日読了
小池真理子「時の銀河」、村上龍「冬の花火」の競作。いずれも五十代半ばにした女と男の物語だが、生活に追われて仕事をしているわけでもなく、趣味のような気ままな生活をしていて、生活感には乏しい。それでも「人生は見えている。そんな年代だ。あともう少し」と思い、「きっと数えきれないほどの、決して取り返しのつかないことをやり残している」ことにも気付いている。
秋の花火(篠田節子) ★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 07年11月10日発行/16年07月14日読了
「冬の花火」指揮者としては多くの敬意を集めるが、人間としては誰も尊敬されないどうしようもない清水。家では同じ敷地内の離れに住み家族からは没交渉で、寂しく息を引き取る。冬の花火にはまだ厳しい寒さの中の煌きに似た華やかさがあるが、秋の花火は裏寂しい。「灯油が尽きるとき」新聞には無理心中と掲載される。一瞬の逃避夢から覚め、灯油が尽きる直前、何故かそのときだけ正気に戻った義母と一生を清算する気持ちが切ない。
欲しい(永井するみ)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 09年10月25日発行/16年07月17日読了
題名から想像していた内容とは異なり社会派+ミステリー小説になっていた。けしからんとこではあるが、コツコツ働いて得た収入より生活保護で得られる収入が多いので、働かず生活保護を当てにして適当に暮らそうとする若者がいても不思議ではない。これに全く罪悪感もない。これを重く罰しても、今度は刑務所でタダメシと思うとやりきれない。
マチネの終りに(平野啓一郎) ★★★★☆
毎日新聞出版 第5刷 16年06月30日発行/16年07月21日読了
「人は変えられるものは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうと言える。過去はそれくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」天才ギタリスト蒔野とジャーナリスト洋子との、すれ違いメロドラマであるが、選んでしまった道に後戻りはない。最後に再び会ってしまって、今後どうするのだろうか気になる。
神去なあなあ日常(三浦しをん) ★★★☆☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 第13刷 14年04月30日発行/16年07月23日読了
高校を卒業して、厳しい林業に放り込まれた勇気だが、思いの他合っていたようで、自然に触れ、神去村の人情に触れ、徐々に成長していく姿が微笑ましい。
神去なあなあ夜話(三浦しをん) ★★★☆☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 初版 16年06月15日発行/16年07月26日読了
現代において、こんな素直な現実離れした生活もなかなかないものだが、人それぞれで、読み進めるうちに、楽しくなってくる 。たまにはこうした素直なものもいい。今後もいろいろあるだろうが、続編もまた読んでみたくなる。
二重生活(小池真理子) ★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 第7版 16年06月25日発行/16年07月29日読了
文学的、哲学的尾行は決して対象者と接触してはならないのがルール。まったく平凡な不倫がこの尾行によってスリリングな事象となった。あわせて自らに跳ね返る猜疑心となるとは思ってもみなかった。そしてまた新しい尾行が始まる。