小説の木々15年06月
柊の垣根がどこまでも続いていた。車の往来が激しい幹線道路から、ひっそりとした市道へ曲がる角に「国立ハンセン病資料館」と「天生園」という表示があった。そこから先、市道の東側半分は住宅地となる。その町と一線を引くかのように、延々と柊の緑があった。「これ、患者が脱走しないようにって、いっぱい張り巡らせたんだって」垣根の横を歩きながら、千太郎は密集した柊の葉に片手の指先を這わせてみた。資料館の前には、お遍路の母子像があった。母が病んだのか、あるいは子供が病んだのか。この病気を患ったことで故郷を追われ、見知らぬ里をさまよい歩いた親子が昔はいたのだろう。(「あん」ドリアン助川)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
短編工場(浅田次郎他)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第21刷 15年5月13日発行/15年06月09日読了
こういう本を読むと、短編もいいなと思う。限られた枚数の中で、ストーリ性を出し、面白くなくてはならない。熊谷達也「川崎船(ジャッペ)」はじっくり長編にしたほうが良いのではないか、と思う。
罪火(大門剛明)★★★★☆
株式会社角川書店 角川文庫 初版 12年4月25日発行/15年06月15日読了
少し油断していた。花歩の日記も、ある単語が太文字になっているのも読み飛ばしていたので最後に読み返し気がついた。修復的司法、応報的司法も初めて知る言葉だった。ケースバイケースではあるが、果たして加害者は改心できるか。昨今の事件をみればほとんど信じられない。罰はペナルティであって改心の保証ではない。改心がなくて修復的司法もないだろう。
フルコースな女たち(新津きよみ)★★★☆☆
株式会社角川書店 角川文庫 初版 15年3月25日発行/15年06月18日読了
ホラーというが、軽い皮肉な読み物といった感じ。切羽詰まったものもないし、次のページを早く捲りたい気持ちも起こらず物足りない。とりあえず早く読み終えようと思ってしまった。
お引っ越し(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社角川書店 初版 15年3月25日発行/15年06月21日読了
前読と同じ趣向。いつもの厭らしさが薄い。「解説」の章を設けたのはいかなる意味か、分かりにくいと思ったのだろうか。いままでの切れが感じられない。
この雨が上がる頃(大門剛明)★★☆☆☆
株式会社光文社 初版第1刷 13年12月30日発行/15年06月23日読了
期待して読んだが、短編の趣旨が、何を言いたいのかではなく、単にラストのひっくり返しに拘泥し過ぎて話をつまらなくしている。
死化粧(渡辺淳一)★★★★☆
朝日新聞出版 朝日文庫 第1刷 10年4月30日発行/15年06月24日読了
リアルに生と死を見つめる視線と立ち位置を感じる。医学的知識がなくてはこうは書けない。後半期の恋愛小説は読もうと思わないが、初期のこうした医学小説は、医師から転身した作家ならではの冷たい客観性が印象に残る。