小説の木々12年10月

 西岡は階段を下り、研究棟から出た。冬の午後の淡く白い光が、キャンパスに差している。葉を落としたイチョウの枝が、空にひび割れを作っている。(「舟を編む」三浦しおん)

空飛ぶタイヤ上/下(池井戸潤)★★★☆☆

上巻 株式会社講談社 講談社文庫 第14刷 12年7月17日発行/12年10月1日読了
下巻 株式会社講談社 講談社文庫 第8刷 11年8月26日発行/12年10月2日読了

 旅行中止められなくて一気読みした。しかし、「下町のロケット」と同様、弱小・中小企業が財閥系の大会社へ挑む勧善懲悪物語。これも続くと、なんだかワンパターンで深み、幅に欠けるような気もするが。

コンビニたそがれ堂奇跡の招待状(村山早紀)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第11刷 12年3月8日発行/12年10月3日読了

 たそがれ堂シリーズ2作目。癒し系でやさしく琴線に触れるようなで、悪くはないのだが、薬味が足りないような。

プライド(真山仁)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第2刷 12年9月15日発行/12年10月4日読了

 「逆境を支えるのがプライドなら、人を狂わせるのもプライド」、特に巨大な力に反発するプライドは見ていて切ない。アメリカの裏工作を見せる暴言大臣、歴史的瞬間は、こんなものかも知れないが少し違うよな、と思わせる。

果つる底なき(池井戸潤)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第21刷 12年6月1日発行/12年10月6日読了

 銀行内の派閥、人事が絡み面白そうな始まりだったが、伊木が徐々にスーパーマンになって来る辺りからおかしくなった。警察が介入しなさ過ぎだし、これほど同じ銀行の関係者が自殺、事故を装うにしても死んでいくと、嫌でも犯人が絞られていき逃げ場がなくなるではないか。また、最後に判明する実行犯と異母兄弟というのも取って付けたようなもので必然性が感じられない。

コンビニたそがれ堂星に願いを(村山早紀)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 初版 10年5月8日発行/12年10月08日読了

 3作目でもういいかな、と。風早の「たそがれ堂」は既に市民の間で都市伝説になっている。ほんわかはいいが、緊張感がなく少々飽きが来た。読み応えに難。

99%の誘拐(岡嶋二人)★★★★☆

株式会社徳間書房 徳間文庫 第11刷 04年4月10日発行/12年10月09日読了
 
 コンピュータを使った完全犯罪。どう考えても電話回線に超音波は除かれるだろうし、まあ技術的な実現性は、この本が実に24年前(1988年)に書かれたことを考えれば秀逸。GAMESで誘拐相手の兼介がゲームをクリアすることが大前提。視界18メートルのスキー場で的確な会話ができ、ダイヤは雪の林の中で忽然と消えことから、警察も間宮、生駒を疑いつつも、警察自身がアリバイを証明する身となりそのアリバイを容易に崩せない。

妻の女友達(小池真理子)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第29刷 12年9月11日発行/12年10月10日読了
 
 悪女というよりしたたかさ。「妻の女友達」、最後に自宅の電話を使ったのはおかしい。これでは通話記録を調べられたらばれる。「終幕」もあれだけ完璧を目指すなら何故録画したVTRを事前にチェックしなかったのか。なんだか全体的に男の思考の甘さがあり、完全犯罪は難しいということか。「間違った死に場所」に至っては偶然のオンパレードで笑い話。

銀行総務特命(池井戸潤)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 11年11月15日発行/12年10月12日読了
 
 金融社会の裏面をこれでもかと暴く。「特命対特命」の特命担当指宿の絶体絶命の場面、あっさり逆転する黒沢との関係がやや安直か。「ペイオフの罠」は振り込め詐欺以上に空恐ろしい。

仇敵(池井戸潤)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第17刷 12年5月8日発行/12年10月15日読了
 
 池井戸の金融シリーズ、勧善懲悪と分かっていても、何とか暴いて欲しいと思いつつ読み進むのも面白い。

天地明察上/下(冲方丁)★★★★☆

株式会社角川文庫 角川文庫 初版 12年5月24日発行/12年10月16日読了
株式会社角川文庫 角川文庫 再版 12年8月30日発行/12年10月17日読了
 
上巻読了、思いの他おもしろい。保科の命により、算術好きの碁侍が、苦節23年、多くの人の協力を得て、絶え間ない測量、文献調査、計算で大和暦を完成させた春海。新しい暦が及ぼす経済、宗教、文化等のハードルを越えて、終に朝廷に認めさせる。算術化関孝和との交流も興味深い。

(幸田文)★★★★☆

株式会新潮社 新潮文庫 第18刷 12年3月30日発行/12年10月19日読了
 
 「木は生きている」、この場合材料としての木であるが、奥が深い言葉である。作家幸田文がこれほど木に執着を持っていたとは初めて知ったが、「少なくとも1年間、春夏秋冬見なくては分からない」と言い、老齢にも拘らず実際自ら木々を見に行き、そこに幸田なりの人生観を持つ。屋久島の縄文杉を見に行くのは、正に決死の覚悟である。「樹木とつきあえる人は、それぞれに優しさを持っている」

不祥事(池井戸潤)★★☆☆☆

株式会講談社 講談社文庫 第6刷 12年7月2日発行/12年10月22日読了
 
舞の権力に屈しない自己主張は痛快であるが、事件が単純すぎて物足りなさを感じる。悪玉はこんなに柔ではない。

四○十二号室(真梨幸子)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 第1刷 12年10月10日発行/12年10月23日読了
 
植物人間となって入院中の私が誰か。時系列が飛び、どちらが夢か現実か翻弄される。最初ミスリードしていくが、最後がやけにあっけない。女の妬み、恨みをこれでもかと。